ペロポニソス半島東海岸の旅

きわめて保存の良い古代劇場を有することで有名なエピダヴロスの遺跡は,アテネからバスで約2時間半,ペロポニソス半島の北東端から少し引っ込んだ山の中にある。ここで,エウリピデスの『タウリケのイピゲネイア』が現代語で上演されることを私は以前から聞き及んでいて,必ず足を運ぶ腹積もりであったが,直前になって,せっかくそのような遠出をするのなら,もう少し本格的な旅行を計画してその途中でエピダウロスに立ち寄ることにしようと思い立った。

出発

バスの切符売場

バスターミナルのあんちゃん
7月16日水曜日の午前中に自宅を出た。最初の目的地は,コリントス(地図B)である。鉄道で行くこともでき,それもなかなか快適であるが,今回はコリントス地峡で途中下車して運河の写真を撮るという目的もあったので,バスを使うことにした。この路線のバスは1時間に1本の割合で運行しているから,1時間か2時間,地峡で過ごすことにすれば,無駄な時間を費やさずにコリントス入りできる。

アテネ(地図A)を出たバスは10分ほどで市街区を抜け,ダフニ修道院を過ぎ,やがて海岸に出る。そして,いくつかの小さな町を抜け,左側に見えるサラミス島を越えると,切り立った海岸線ぎりぎりに海を見下ろすように走るようになる。遠くペロポニソス半島の山々が霞み,実に爽快である。この道筋で車窓の景色を楽しむには,太陽の高い時間が良い。太陽の低い時間帯は,強烈な直射日光を浴びなければ南方に広がる海を眺めることはできない。
コリントス運河
アテネからの直行便で開演時間に合わせてエピダヴロス入りすることの問題点の一つは,ちょうどこの道を通るときに海側からバスに日光が差し込むということである。太陽は傾き始めているものの日没にはまだ間があるので,結局のところ他の客のことを考えればカーテンを締め切ることになる。ひたすら目的地への到着を待つだけの旅はつまらない。

コリントス運河へは1時間強で到着。土産物屋の軒先に荷物を置かせてもらって,運河へ行きカメラを構え,気長に船の通るのを待つことにする。写真,運河の上に架かる橋は列車用である。列車と船を1枚の写真に入れられば最上であるが,観光客がそういう機会に遭遇する確率は非常に小さい。

退廃の都,コリントス

アクロコリントス(頂上にて)
コリントスには2つの主要な見所がある。1つは,古代コリントスの遺跡,もう1つは中世の城塞(アクロコリントス)である。古代遺跡の方はすでに見たことがあるので,今回の目標は後者である。海抜575mの孤立した急峻な岩山の頂上に城塞は建造されており,そこからコリントスの平野部と湾を一望することができる。この場所はもと古代のアクロポリスで,ローマ時代には千人の娼婦を抱える悦楽の神殿として栄えたという。新約聖書の『コリント人への手紙』で聖パウロがこの町の文化的・宗教的退廃を批判したのは,こうした背景があってのことである。

しかし,現在残っている遺構の大部分は13世紀以降,この町を支配した多くの支配者たちが戦争に備えて城塞を補強することで生み出されたものの名残で,遊興の町としての面影はまったくない。軍事都市としても完全に荒れ果ててしまい,雑草が生い茂る中に城壁の残骸が立っているだけである。それは実にもの凄い光景である。これを見るだけでもギリシャに来た価値があると私などは思う。

アクロコリントス(下から)
私が訪れた日はあいにく雲が出ていて,写真を撮るにはあまり好都合とは言えなかった。掲載の写真は雲の切れ目から日光が差し込む瞬間を待って撮影したものである。閉門時間ぎりぎりまでねばり,入り口のカフェで休憩してから徒歩で下山した。(続く)


黒田努 (1997.07.27)